何も出来ずに、ただ俺は貴方を夢想する。











夢想花












ただ眼の前の貴方がそうしてふわりと笑って眠るから。
俺は何も出来ないで、ただその寝顔を見続けて。

(…つーか、そろそろ寮の門限なんだけどなー…)

ひょい、とポケットに手ごと突っ込んであったケータイを取り出してサブの画面を確認する。
窓から差し込むのは既に光じゃなく夜の闇。
ぼんやりと付いた電球だけがこの狭いロッカールームを照らし出して。
その電球も切れ掛けでやけにパチパチ付いたり消えたり。
だからか、ケータイのディスプレイがやたらと明るく見えた。

(つか、10時…本気で雲水さん起こした方がいいのかな。)

思いつつも、俺は其れが出来ないでいる。
なぜか。

(…こんなときにかぎってなんでこの人はこんなトコロでねてんだよ…)

神龍寺のアメフト部はとにかく練習が厳しいことで有名だ。
なんでかっつーと、其れは関東最強のチームと言われているから。
其れ相応の評価に見合うだけの練習量を俺達はこなしてるつもりだ。
それでも、その練習量についていけない人たちだっているけれど。

でも、俺は違う。

実力があればすぐにレギュラーだって交代させられてしまうのが神龍寺で。
レギュラーだから、って部活の練習だけで満足してるようじゃ、
すぐに他のめぼしい奴に交代させられるのが眼に見えてる。
…そりゃ、阿含さんは別だけど。

だから、こうして毎日俺は練習のあと寮の門限ぎりぎりまで走り込みをしてるわけだ。
ぎりぎりすぎていつも寮母さんや雲水さんに起こられるときが多いんだけれど。
だから今日だって、普通に走り込みをして、
普通にロッカールームに着替えを取りに来ただけだったのに。


(…こんな熟睡してたら起こせねぇじゃん…)


そう、気がつけば先に雲水さんがこの部屋にきていた、って話。
しかも、俺が来たときにはもうこの人、寝てたし。

「…雲水さん?」

小さい声で、そっと遠くから呼びかける。
けれども雲水さんは返事をせずに、机に突っ伏して顔をこっちに向けたまま。
すやすやと、綺麗な寝息を立てて。
あまりにも熟睡してるもんだから一瞬鼻を摘んでやろうかとも思ったけれど、
なんか、みてないけれど阿含さんにばれそうな気がしたから止めることにした。
…むしろ、そいでもって阿含さんに殺されかねない。

「たはは。」

渇いた笑いを発しつつ、開けっ放しのドアをゆっくりと閉める。
立て付けの悪いドアだから急に閉めたら思い切り煩い音がなるわけで。
しかも黒板を引っかいたようなあのキーキーする煩い音。
俺も聞きたくなかったから、余計慎重になる。

”バタン。”

完璧にドアが閉まったのを確認して、そうしてふ、と雲水さんを仰ぎ見た。
幸い、まだ寝てるみたいで。
そろり、そろり、床の軋む音をなるたけ最小限にして部屋の真ん中にある机に歩み寄る。

「…雲水さん?」

もう一度名前を呼んでも反応はない。
こりゃ、起こしても起きないかも。
そうふんで、雲水さんの丁度反対側においてある椅子に、
なるべく音を立てないで俺は座った。
ギィ、ガタ。
遠くで聞こえる喧騒を別にすれば、シンとした部屋にそのかすかな音だけが響いて。
まだ10時、門限はこの時間でもこんな早い時間に寝るやつなんてそうそう居ない。
だからかな、寮の法からバタバタわーわーさわぐ声が聞こえて。
大方一年生が騒いでんだろうな…一年生って元気だし。

(…俺、親父クセェ…)

まだそんなキャラじゃない。
思ってぶんぶんと頭を振って、再度。
再度、眼の前ですうと寝息を立てる彼を視界に、入れた。
そして名前を呼ぶ、三度目の。


「うんすい、さん。」


ひじを突いて、そうしてまじまじと顔を覗き込む。
その顔は酷く安堵したような表情で。
いつも眉根を寄せるその厳しい表情しか見ていないし、
俺は雲水さんとは違う部屋だからこんな。
寝顔を、見れることなんて本当に無くて。
写メってやろうかな、とも思ったけれどきっと雲水さんが嫌がるだろうから止めることにした。
その代わり、その顔を瞼に焼き付けるようにして。

ふわり、と口角が上がるような、気がした。



「雲水さん、」

すぅ、すぅ。
寝息に混じって、きっと聞こえないだろう俺の声。

「好きっスよ。」

むしろ聞こえていてくれるな、と思わずには居られなかった。



ただ、ほの温かくともる何かが在る。
好きだ、と言葉に出して云うのは容易いけれど、
でも、この想いをほかにどう表現したらいいのか俺は知らない。
ただ、好きだ、と。
それ以外に、だって貴方に伝える術を俺は知らないから。

…それ以前に、この想いを貴方に伝えてもいいのか、其処が問題なのだけれど。



ただ、好きだと想う。
その表情を見るだけで、この口戸が緩んでしまうぐらいには。
その姿をみるだけで、思わず指を伸ばしてしまうぐらいには。
触れたら、どんなに暖かいんだろう。
好きだと心でつぶやくだけでまるで日の下にいるぐらいにこの心温まるのに。
火傷、するんじゃないか。
ありえないことですら可能にしてしまうような。

「鬼好きっス。雲水さん。」

そんな陳腐な言葉じゃ本当は足りないんです。
でも俺はコレしか知らないから。

(どうか、起きませんように。)

心の中で十字をきって、そうして軽く身を乗り出した。
途中ギ、と椅子がずれる音がしたけれど。
其れはあまり大きな音にはならずに、宵闇に消えて。
神様、鬼感謝。
半立ちの状態で、そうして眼の前に居る貴方を捕らえる。
綺麗な鼻筋、意外にも整った眉、清廉な面持ち、安堵した表情。


窓から覗く月光が淡くその肌を照らす。
触れれば穢れてしまいそうだなその頬に、落すのは、軽く触れるだけの。




20060404/はらっぱー
以前自サイトの日記にて展開した小話。
勿体無いのでこっちに捧げました。
細川は男前であればいいと思いました。